○ 2000/08/29 与論へ再度出発
朝7時。沖縄不二ホテルから徒歩で5分のところに埠頭がある。 出発の情報を収集するために埠頭に行く。 学生には万が一出港し、 与論による気配があれば乗るので7時半出発の用意をするよう に指示しておいた。
まだだれもいない待合室。もちろん受付は開いていない。台風は南西諸島の島 の並び方向に近い方向に進路を変えたらしい。このままでは今日もだめかも知れ ない。
7:10 になって、大島運輸の職員がでてきて対応し始めた。聞くと条件付き出 港だそうだ。条件付きとは「抜港」するかも知れないとのこと。様子見のため、 受付近くで耳を済ます。与論までと申し込んで、条件付きですよといわれてあき らめる客、それでも乗船券を買う客もいる。
受付の前に物々しく陸上自衛隊の車が横付けされ20名近くが船に乗り込んでいっ た。条件付きも関係ないというようにどんどん入っていく。
受付で与論に立ち寄る可能性はと聞くと10%であると答える。しかし、あんな にお客をのせている。陸上自衛隊の連中も・・・。7:20 さあ決断の時だ。ホテ ルにいる学生に電話する。「出発するぞ。7:30 までに港に来い。」
全くめちゃくちゃな話である。
眠い目をこすりながら学生が港に息も切れ切れでやってきた。 可愛い学生達である。港で、確率10%であることを学生に伝える。 賭けであり、かなりの確率で奄美の名瀬まで行くことになるがわずかな確率で与 論に行ける。学生も私の判断だから渋々従う。
出港早々、沖縄本部は抜港するとアナウンス。しかし、 雨も風も少し穏やか。 心中では与論寄港の可能性が大きくなったことを確信していたのであるが、 がっかり。自信が揺らぐがまだまだと楽観する。
横になって待つ。耳に「これから与論港に接岸を試みます」。飛び起きる。 窓から与論を見る。波を見る。きっと大丈夫。
12:30 接岸。 賭けに勝った。やったね。さあ降りるぞ。 学生達はもう隠しきれない笑みを顔に出している。
大きなバスで竹丸荘まで行く。運転手は若主人。台風のことで往路の苦労を労っ ていただいた。
野口の清吉さんの父が町議選挙日に突然なくなったと聞く。お悔やみに行くこ とにするが、もとより喪服など持ち合わせていない。
またまた心配の種。じっちゃんがいない。沖縄の病院に入院だそうである。エ!。 でも、我々が与論滞在中には退院して帰ってくるとのこと。ちょっと安心。