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与論の開発に対する意見・見解・資料など

 離島や僻地の開発という事業では、開発しようとする場所の自然や歴史的遺産が 貴重であればあるほど、事業は破壊的な側面を持つ。 しかし、多くの事業は経済開発の意味合いを強く持つことから、 都市部の経済レベルとの格差是正やものの豊かさの向上をこれらの地域に もたらすものとして、経済的側面からは歓迎しなければならない。
 これらの事業が経済的側面を持つ以上、 開発利権の争奪と実施母体となる国や地方への陳情が頻繁に行われる。 そして、開発を受ける土木・建設に関連する企業や企業グループは その企業体としての意図からこれらの陳情を頻繁にかつ強力に行いうる。
 しかし、残念なことに往々にして開発して変化する地勢や自然を元にした 生活基盤を持つ民には対抗するべき組織を持たないことが多く、 さらに、学問上保存しなければならない貴重な生態系や歴史的遺産は、 開発者によって意図的に価値が低められ、 開発優先の方針が形成されやすいのである。
 開発によってもたらされた不都合は、実施した行政や事業体の責任として、 回復までの計画と資金投入を義務づけるような 工業製品にあるPL法に習った自然開発法があれば、 諌早の悲劇は起こらないだろうし、沖縄の米軍基地のたらい回しももう少し早く 解決できたのかも知れない。
 重要なのは経済的豊かさではなく、環境の豊かさであることはいうまでもない。 開発者が金に目のくらんだ状態から目を覚まし、 長い将来も視点に入れた自然の恵みと豊かさをいかに保全するかを考えて 開発を行うべきである。

○ 開発計画

与論港コースタルリゾート計画

鹿児島県が計画する与論茶花港の開発計画と建設工事

○資料

小笠原自然環境研究会ニュースレター(ニュースレター NO.5 1990年11月20日) 転載許可済

小笠原空港開設が自然に対するダメージとなることをまとめたものの要約 であるが、その中で負のケーススタディとしての調査として、 与論に関係する部分 が出てくる。

 観光を経済的基盤とする与論。南西諸島の小さな島の中でも、力の入った観光 に対する行政を指向する与論であるが、この与論の原動力の基礎には三井炭鉱に (騙されて)半強制的に移住させられた記憶もあるのかも知れない。
 また、九州、京阪神に多い「在日シマンチュ部落」の民として、被差別の対象 となった経験からかも知れない。
 過去のことではあるが、これらの不条理は、与論の人が与論を離れた時に起こっ たものである。
 小笠原空港調査の中のケーススタディ与論として
その原因として以下の4つが考えられる。
  1. 沖縄の本土復帰(1972年)による沖縄プーム
  2. 海外旅行の盛行
  3. パッケージツアーの導入(特定ホテルヘの集中)
  4. 開発による環境の悪化
  5. 外部観光資本の衝撃
としている。(1) (2) は航空会社の運賃のことではあるが、運賃低下を努力す べきであり、与論に2000m クラス の飛行場を作るなどという暴挙になったりしないように祈るばかりである。
 (3)(5)は観光業者の対応である。 与論のような小さな島では民宿や旅館が客を奪い合いしてもその利は小さい。 小規模観光地に適した保険の完備した組合を組織し て行政が指導に当たるという条例など自治体が指導的役割を果たすことで、 かなりのリスクは防ぐことができる。 1976-1985年のブーム、特に、 観光バブルとでも形容できるのはわずか5年、 この間に生活排水や観光客の破壊的行為で与論の自然は 壊滅的な打撃を被っている。 珊瑚の衰退、浜の開発残骸の放置、海洋生物の激減など、 そして20年足った今でもこの後遺症は継続している。
 建設の中で最も悪いのは港建設であったように思う。 使用頻度の少ない港や港湾設備がたくさんある。 皆田離が見る陰もなくなったのも、 百合が浜が以前のような出現回数を見せなくなったのも、 このバブルの後遺症といって良い。

 この影響を考えず、コースタル開発を歓迎するわけには行かない。 残念なことに観光バブルの後遺症を与論の人達はもう忘れてしまったらしい。