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シーサーズパラダイス   From: "Mitsui"
1998/10/06 22:38:02
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シーサーズパラダイス


沖縄県那覇市の豪華ホテルで総合カジノリゾート「シーサーズパラダイス」の就職説明会が行われた。50階建てのメインホテルタワー、シーワールド、会員制ヨットハーバー、、そしてギャンブルに用意されたのは水深15メートルに用意された龍宮城。ガラス張りの向こうではイルカや海亀が放たれている。深海で密かに行われる賭け事、、という設定である。宿泊客はアクリル製の透明チューブの中をメインタワーから歩いてゆく、、熱帯性海水魚を眺めながら。博打でスッても帰りは気が晴れるという、、まことに親切な設計になっている。

政府による沖縄特例法、離島雇用対策法として就職採用者は大島以南の住民に限られている。それ以上にアジアからの出稼ぎ者は厳しく制限された。与論はもとより奄美、沖縄一帯からシーサーズパラダイスへの就職希望者が殺到した。
島内はもちろん日本海への就職組みもこの話しでもちきり。厳冬の日本海水深20mが幸せか、タキシードに身を包みカジノで働くのが幸せか、、、皆の願いは、、リゾートなら嫁が見つかるだろうということ。過去、南の島でウェットスーツを着ていた。それなりに結構いい思いをした。今度は南の島でタキシード。まさにそれは「パラダイス」楽園を予感した。

就職説明会に訪れたかつての与論ヨットハーバー建設従事者はシーサーズパラダイス ヨットハーバーを目の当たりに驚嘆した。その豪華さ、規模、美しさ、、そして世界各地からの圧倒的なメガヨットの群れ。その向こうには建設中の従業員専用アパートメントも見える。

与論から飛行機、その他諸々を乗り継いでも1時間半もあればこの豪華な不夜城にやってこれる。大都会が生まれ育った近くに来てくれるというのだ、、こんないいことはない。面接にやって来た者たちは皆、そう思っている、、。

かつて「島復興」という名目のもとに重機を動かし海岸を削り海底を「整地」した者たちは完成後の利用、修理などとうに忘れて、そしてそれ以上に土木従事者であった過去さえ消して、糊の効いたワイシャツに袖を通し「紳士」に変身するつもりでいる。
ほぼ完成したシーサーズパラダイスヨットハーバーの桟橋で、面接の終わった島の男達は座り込んで缶ビールを開けた。就職前祝いの乾杯である。目の前には世界各国のヨット、クルーザー、パワーボートの群れ、、世界にはこんなに大金持がいるのか、、驚きだった、嬉しくなった。「きっとすごいチップが入るぞ!」 酔いが回るにつれ本音が次々に飛び出してくる、、そして一人の男が言った。「無理だったんだよなぁ、、、あんな小さな島にヨットなんてなぁ、、浅くて近づけねぇもんな!」

その頃、与論空港行きの飛行機にダークスーツの男が数名搭乗していた。着陸体勢に入って旋回していた飛行機から茶花湾を眺めている。漁船ばかりが係留されるヨットハーバーを入念にチェックする。株式会社ヤマト不動産、、、聞きなれない名前の会社員たち。用地買収のために臨時設立されたダミー会社であった。

1980年代末期、バブル景気が吹き荒れゴルフ場付きリゾートホテルの用地買収が進んだ時期もあった。しかしその時期でさえ計画は挫折。まして世間は日本初の総合カジノリゾート沖縄に注目している。 地縁、血縁の強いこの小さな島で用地買収ほど困難なものはない。また、就労人口が流出する今、この島、この土地にいかなる値打ちがあるというのか。まして公共事業による沿岸開発により珊瑚は枯渇、沿岸漁獲高は激減した。 島の漁師は大型漁船に乗り換え、スターオブアジアからの衛星情報サービス、「くろしお水温情報」をインターネットでチェックしている。場合によってはマリアナ近辺まで行くことがある。

使い道の無い過疎地、変人の集う終着駅、、21世紀、、島民のほとんどはそう思っていた。

株式会社ヤマト不動産 東京本社では報告書をまとめていた、Eメール配信先は現代リゾート開発 東京支社。

「Little Angels は20名 程度である。7/7 結婚サークル[TANABATASAMA]那覇パーティーには間に合わせるように」