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○1999与論到着

1999/09/10 岸本

 初日、港に着いた。 海上は例年になく強風。 しかし、ありあけが接岸できないほどではない。 船は、沖永良部を過ぎ、与論が彼方に見えてきた。 一年ぶりの与論。 昨年の与論旅行のさまざまなことが脳裏をよぎった。

 港に、コーラルが停泊し、今まさに出航するところであった。 抜港はない。ひと安心。

 民宿のじっちゃん、若旦那、息子さん。ML友人の出迎えを受けた。 知合いの民宿のの主人もいた。とってもあったかい与論の住人。

 これから10日間の与論滞在の開始である。

 午後にウドノスにいった。 浜にはいつものスタッフ。 お世話になる人に挨拶をした。

 与論滞在のML友人に電話。バイトが7時までということで、ちょっと残念。

 8/20頃までは、2つの台風と大雨で、全く青空が見えず、 全く日焼けせずに、 帰った人もいたとか。 茶花の山根さんの家も床上浸水したとか、 口々に記憶にない大雨であったとのこと。 そんなことやこんなことで 一泳ぎして寝た。

  町長選挙が9/7(公示日かな?)に行われる。 公示日までは、個別訪問を主体とした選挙運動で、町の人たちは忙しい。 都会の選挙と違い、立候補の公約も、ビジョンの説明もみんな後回し。 先ずは、地縁・血縁ありきで、 候補者がこの結束の確認に走り回る様子を見ていると、 ちょっとした矛盾を感じ、違和感を覚える。






































    

○1999与論の珊瑚状況

 恒例の研究室の義務である 8/30日の研究中間発表日、通常、缶詰日といわれ ている日以外は毎日、泳ぎにいった。

 高温に強いと思われる礁湖の中の一部の枝珊瑚は、大部分は死滅している。わず かに何とか生きながらえている黄緑色の小型の枝珊瑚もある。礁湖の中の塊珊瑚も 何とか生きながらえているようである。
 しかし、リーフの珊瑚は全滅。黒花の青珊瑚、茶花のテーブル珊瑚は全滅。色は 茶に代わり、枝中にカビ(水苔の一種)が生えたり、汚らわしいバクテリアの袋を付 けて、死骸を無惨に晒している。海中の景色も古ぼけた写真のようにモノトーンと なってしまっている。見たくない姿を見てしまった。
 しかし、その上で、無邪気に遊ぶスズメ、チョウチョウ、ハタタテ、オヤビッチャな どの原色やメタリックカラーの小魚を見るとわずかながらでも気が休まる。

 この海中を見ていて、ふと思い出した。

 あの頃は、ずいぶん多くの観光客が与論を訪れ、70程もあったと思われる民宿に 客が溢れ、その客の出す生活汚水や白濁した洗剤の入った水、浜に投げ捨てられる 空缶や空瓶、ビニールなどのシートは、浜ばかりではなく、リーフの上にも転がっ ていた。12m の海底から空缶を拾ったこともある。
 この後の礁湖の浜の側はひどかった。白化現象の後の今と同じくらいである。

 今でも皆田は死んだままである。

 明らかに、与論の設備を越えた客数のために起こった結果である。礁湖は汚れ、 珊瑚は死んだ。

 今の状況はあの頃よりももっとひどい。しかし、急速に回復する力を秘めている のは、ここかしこで感じることができる。

 もう、15年以上前になるのに、観光客の汚水や合成洗剤を必死で漉し、健気に海 を守ろうとした与論の石灰質の土壌は、あちこちで、自分の浄化を行う作業に入っ ている。中性洗剤を浸み込ませた土壌はわずかづつ、自分をきれいにしている。久 しぶりに入った赤崎の鍾乳洞。上から滴る透明な水が、一部は真っ白な新しい鍾乳 石を生みつつあるが、一部は濁って別の味がするように思えた。その部分鍾乳石が 痩せている。
 上から見ると、地下水が海に流れ出ている部分も、広範囲に亙って、珊瑚の成育 に影響を与えて、そのまま回復できずにいる場所もある。

 皆田は、生活排水ばなりではなく、 離の内側に大量の海水の流量が必要であったのに、その環境の分析をせずに浅は かにも水の流れを変える堤防を作り、その流れの影になって淀んだ部分に蓄積した 死水のために、北側からの流れがなくなり、皆田の自己復元機能までも奪ってしまっ たように思う。

 分析なしの与論の地形の改造は、自殺行為に近い。

 コースタル計画も同じ部分がある。

 与論の人たちは、自然に育まれていることを自覚しているのであろうか。
 最初に自然を利用して、一儲けとしか考えていないのであろうか。

 世界中の資本が自然を利用して、一儲けを企んだ時、自然との融和を配慮せず、 自然からの奪取や搾取のみを考えた経営は、ほとんどすべて失敗に終っている。与 論の為政者に本当の賢い「与論」人は何人いるのであろう。






































    

○1999与論は町長選挙

 与論は、町長選挙と補欠町議員選挙を控えている。 公示日は我々が帰路の舟に乗ってからであるが、 この猛暑に白いワイシャツにネクタイを締め、 公示前に、家家を訪問している候補者や、関係者を見ると、失望感に襲われる。

明らかに、この島に政治はない。

 議長さんと呼ばれている与論の賢人も、いつもの日焼けした額ではなく、真っ 白。わずかな会話から判断しただけではあるが、与論では、リベラルな考え方を 持っている数少ない好感の持てる政治家の一人である。顔からも、彼が日焼けし ていないということからも、それなりの苦労を読みとれるような気がする。

 公示前に走り回る習慣を何とかやめることはできないのであろうか。地縁・血 縁ばかりで行う選挙で選出された議員の責任は、どの世でも希薄なものになって しまう。地縁や血縁で分けてみると約6000人の島の人はいくつのグループに分け られるのであろうか。このグループの頭数で結果が出る選挙ならば、そこに社会 との契約は必要がなくなる。
 だから、そこに公約として並べるものは単に御託ばかりであり、何ら責任を持っ た契約として存在することはできない。公約のようなものであったとしても、地縁・ 血縁でつながったものに対する「選挙のおみやげ」であって、「与論」のものでは ない。

 地縁や血縁で立候補し、利益導入をするという議員も与論には必要ではあるが、 与論全体のために、ものを考えていくという姿勢で施政を行う人がもっと必要な気 がする。観光を軸として、なんとか島の経済的な発展と自立に努力しようという考 え方は地縁や血縁からは出てこない。

 地縁・血縁の脆さにつけこんだ鹿児島県の土木事業の管轄部署に良いように 牛耳られ、選挙の中に「与論」が希薄である。 おそらく、土木課は、 「金で如何ようにもなる島、与論。浮かせるも沈めるも金次第」と思っているように思う。 奄美でも、沖永良部でも、同じ。 国でも同じであるが、無責任な官僚の頭からは観光のヒット商品は生まれない。 そればかりか、 地縁・血縁を離れ、与論の人間として責任を持ち、 国や県の補助なしに地元が真剣に考えることである。 こうしなければ、強い与論、方向を持つ行政単位とはならないし、
それが、より観光客を集める原動力になることを与論の人は知らない。

 不幸にもちゃんと候補予定者に考えは何であるかを聞くことはできなかった。

 しかし、 「あの候補者はうちに挨拶には来ない。」 「あの候補者はどこどこの関係だから、うちとは違う。」 などという批判が公示前からまかり通っている。100% 地縁血縁の投票となる。 これでは、親戚を多く作った方が勝ち。

 頭数で決するというこの考え方は、自己崩壊する危険な考え方である。そして、 このままでは、血縁・地縁で締めつけられる与論の若い人たちは自由を失い、こ れは正常な姿であると錯覚して、愛すべき与論は自己崩壊するような気がする。

 与論町議会では、政治本来の姿を見ることはできないのであろうか。国の政治も 官僚というガンが存在する。官僚が金を持って、その金につられて、官僚のご機嫌 取りの政策を掲げて金をもらってくる。このガンは転移して、悲しい状況となるの は南西諸島でも国でも同じで同じような形態を見ることができる。

 これは、シマンチュの政治倫理の問題であることは確実であるが、島の教育レベ ルの問題なのかは定かではないが、与論の将来に熱い情熱を持っている賢いシマン チュがいることも確かである。しかし、せっかくのこの賢いシマンチュの情熱は、 こんな選挙では、冷まされてしまう。

 与論の大きな損失である。

 せめて、この悲しむべき事態を乗り越えるために、新しい町長には、「町議会だ より」という会報ばかりではなく、年に一度か二度の、議員と町民と与論を研究す る学者の3者が、立ってマイクの前で物をいうことのできる公聴会形式の集会をす るくらいの姿勢を行って欲しいと思う。

 農業、環境(海、大型廃棄物、ゴミ、水など)、漁業

いくらでも、利益導入とアセスメントのぶつかり合う問題はある。 いくらでも、議論する題材はあるはず。






































    

○1999与論帰路

帰りの船の中で、与論のポスターを見ている。 左上に

 自然にやさしく、 人にやさしく

と白い字で書いてある。

 これを見て、思い出した。遊歩道のそばのゴミ捨て場である。 写真をとらなかったのが悔やまれる。 黒いすすに水蒸気を混ぜた煙が、目視で、300m以上の上空に上がっていく。 燃やしているものは大型ゴミ。全く解体されてはいない。 燃え終って、グスグスいっている時にもその場所にいった。 鼻を突く悪臭。明らかに塩素臭気。各種のエンジニアリングプラスティック、 金属片が一緒に燃えているが、野焼きである。

 明らかにダイオキシン生成場所である。 町長名で、看板に無断でゴミを捨てると罰せられる旨が書いてあった。

ゴミ処理場を作る予算はないのだろうか。 島中に使い古した電器製品や自動車が放置してある。 与論では、 あんな処理場で焼くくらいなら 大型ゴミを収集しないで欲しい。放置の方がまだましである。

 石灰質の地面の窪みで、ゴミが焼かれ、それに雨が降った。

最悪である。看板に落書したくなった。

 観光ブーム去り、無策に飽いて、ダイオキシンを生産。
それでも、「自然にやさしく、人にやさしく」

観光下火になり、客の来なくなった与論は貧して貪するだけでなく、 町長名で自殺行為を

それでも、

 自然にやさしく、 人にやさしく

とポスターに書いてある。町ぐるみで詐欺行為をしているように感じた。

それでも、私は来年与論にいく。一方では、本当の環境保全を叫びながら。。。。